experience・・・経験・・・
ここ、すとぉりぃでは、毎日・・・
あーでもない、こーでもないと、てんやわんや。
ふつうなら、たいしたことないことでも・・・いちいち、「問題」にする。
正確には、そのように持ち込む人がいる。
スタッフの役目。だと、自負している。
その自負は、経験と知識と、日々教えられる事象によって検証され、必要なものは変化していく。
細かいなぁ。と、いうこと。
いいじゃん!と、いうこと。
ここが、依存症からの回復を目指す場所でなければ、まったく、まさにまったく「問題」にならないことも多いし、逆に、そんなことを言うのは「失礼」にあたるだろう。
一生懸命汗を流し、苦しくても通い続ける方もいる。
この暑い日々に汗を流し、やっと休憩の時間になる。
メンバーがポケットマネーで、お茶の時間にお菓子を用意してくれる。
・・・素敵ですね。
でも・・・ここでは、このことが「問題」として取り上げられていく。
それを見る、外部の方はおそらく・・・なんで!と思うでしょうね。
そこを理解していただきながら・・・共有していく時間は・・・数年かかるようである。
まぁ・・・でもね、なぜそうするか。
境界線の問題や、その時々に対応するというより、長期的な視点で、自らの人生に関与していただきたいという願いからであり、それは、依存症の治療的観点からも意味のあることだと確信している。
おやつ・・・「問題」の先が、肝要だ。
なぜ?いけないんですか?どうしたらいいんですか?良いと思ってやっているのに、心外です!云々。
そう、そのコミュニケーションが大切。
自己主張と自重。自尊心というのは、その両方によって保たれるのである。
そのためには、自らの人生に積極的に関与する姿勢と、そのスキルが必要だ。
ここでお会いするかたがたとのお付き合いは、おおよそ年単位であり、長い方では数年のお付き合いとなる。
長い時間を、このような形で共有していれば・・・もう、家族のようなものである。
家族というのは、気分でものを言うときもあるし、一見相手を尊重していないように見える言動があるものである。
但し、”悪意のない”「家族」であっても、不快であればそれを表明し、表明されれば、それは扱われるものであるから、続くのである。
つまり、すとぉりぃで、相手が意思を表明したとき、それをまるで受け入れることなく、思うように動かそうとするなら、それは支配であり、もっともあってはならないものである。
そこは、日々注意をしなければならない。
だからこそ、スタッフはプロフェッショナルでなければならないのである。
さて・・・
全てはexperience・・・経験。
認知行動療法は、行動をフィードバックし、認知に働きかけ、認知の変容をもたらそうとするもの。
認知の変容は、行動の変容へ。
「行動は、その結果に影響される」というオペラント条件付けの定義に反するように、依存症の方々の行動は、その結果に影響を受けないように見える。
つまり、繰り返す。
しかし、本質的にはこころの働きは健康であり、繰り返されるその行動は防衛によるものであることが多い。
否認は、防衛であり、繰り返される必要があるということ。
「行動は、その結果に影響を受ける」・・・結果とは?
”experience a difficult childhood ”
そう、つらい子供時代(ご本人がそう思っているか否かとは別)の結果が、いまだに無検証のまま神話のように残存し、現在の行動に影響をもたらしている。
だからこそ、”新しい経験が不可欠”であり、PCで言うところの消去ではなく、上書きなのである。
そして、何を経験するか・・・人の心地よさ!関係が修復すること!悪意のない事柄へのこだわりの無意味さ!などなど・・・それは、多くの人が家族の中で当たり前のように、何の意識もせず、経験すること。
だから、家族。
外から見たら、失礼極まりないやり取りも、家族間なら・・・。
あぁ~・・・堅苦しくなりました^^;。
さて、experience・・・経験にもいろんな経験がありますね。
大家さんには大変お世話になりながら、いろんな経験をさせていただいている。
今回は、マグロの解体ショー
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